4月9日 フュルト公演(市立劇場)

4月9日 フュルト公演(市立劇場)

2019年4月9日。ドイツ語圏最後(5日連続の5日目)の公演地はバイエルン州フュルト。ユダヤ系ドイツ人として生まれ、ナチスの迫害を逃れて米国へ亡命したノーベル平和賞受賞者ヘンリー・キッシンジャー(ハインツ・アルフレート・キッシンガー)元国務長官の出身地で、ニュルンベルクに隣接する中堅都市(人口約12万人)だ。会場の市立劇場は馬蹄形の古風なオペラハウス。座席数721と小ぶりで、舞台には演奏会用の反響版がしつらえてあった。

プログラムは「C」。ラウタヴァーラ「In the Begenning」とジョナサン・ビス独奏のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」が前半。武満徹「弦楽のためのレクイエム」とシベリウス「交響曲第2番」が後半。ビスとの最後の共演だ。

前日のウィーン公演の緊張、移動の疲れなどを考慮して、ゲネプロは30分に短縮された。客席に誰もいないときの響きはそれほど悪くなかったのだが、聴衆が入ると音が吸われてしまい、完全にデットとなってしまったのは誤算だった。フュルト市民にとってはこれが「デフォルト」の音響で、前日のムジークフェラインと比べるわけではないので、調整の苦心はひとえに、首席指揮者ピエタリ・インキネンと日本フィルハーモニー交響楽団の側に課せられた問題だった。結果から逆算すると、ウィーンでの熱狂を持ち込まず、室内楽のように緻密なアンサンブルを心がけ、自然な盛り上がりに至る路線を選択したといえる。響かないからといって、力で押し切る愚は慎重に避けられていた。

ビスが弾いたピアノは前3回のスタインウェイに対し、今夜だけがベーゼンドルファーだった。ウィーン古典派の楽曲を再現するのに適した佇まいの音色で、低音部のしっかりした響きに特徴がある。ビスはモーツァルト寄りでも全面的なベートーヴェンでもなく、ウィーンの音楽文化の重層構造をウィーンの楽器で再現する意義を究めた。インキネンと日本フィルの管弦楽は今回が最も柔軟で、ビスのピアノとの「会話」も縦横無尽の域に達していた。

武満では、インキネンの指揮に良い意味の「ゆらぎ」が増してきた。シベリウスは淡々と始め、パワーよりは繊細さで疲労を補い、フィナーレまで安定した展開で乗り切った。

今回のツアーではコンサートマスターの木野雅之、扇谷泰朋、ソロ・チェリストの菊地知也、辻本玲とトップ2人がつねにそろって舞台に乗り、万全の態勢で臨んでいる。特にチェロセクションの音の厚みはアンサンブル全体のかなめとして機能しており、ヴィオラとコントラバスの音の輝きにも貢献するところが大きいようだ。

 

文・音楽ジャーナリスト 池田卓夫

写真・山口敦