4月8日 ウィーン公演(楽友協会(ムジークフェライン))

4月8日 ウィーン公演(楽友協会(ムジークフェライン))

2019年4月8日。日本フィルハーモニー交響楽団は1日だけドイツを離れてオーストリアの首都、というより「音楽の都」と呼ぶべきウィーンの楽友協会(ムジークフェライン)大ホールでツアー中6回目の公演を行った。日本とフィンランドの国交100周年に続き、オーストリアとの同150周年を祝う催しでもある。筆者にとっては1996年、広上淳一指揮のヨーロッパ公演に同行して以来23年ぶりの「黄金のホールの日本フィル」。四半世紀近い時間の経過により、現有メンバーのほとんどが伝統の舞台を初めて踏む。「自分は何度もここで指揮しているので、大丈夫」と語る首席指揮者ピエタリ・インキネンはゲネプロの間、ホールの特殊な音響特性を踏まえた奏法、バランスの微調整を丁寧に繰り返した。

結果は「最高」の一語に尽きる。ラウタヴァーラの「In the Beginning 」も、5日ぶりに現れたシェク・カネー=メイソン独奏のエルガーの「チェロ協奏曲」も、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」も、もちろん素晴らしかった。

しかし最後に置かれたシベリウスの「交響曲第2番」の傑出した出来栄えは、もはや「奇跡」としか言いようのないセンセーションだった。ゲネプロでの備えが奏功、ホールの響きを生かした柔らかく軽やかな響きに魅了されたのも束の間、ツアー初日のヘルシンキでインキネンが仕掛けた「マッチョなシベリウス」の実験が予想を超えた成果を発揮しはじめた。フレーズのエッジを明確に打ち出した後はムジークフェラインの音響に身を委ね、弱音を起点とした音楽を息の長いフレージングでじっくりと積み上げ、ほとんど衝撃的な最強音の爆発へと導いていく。第2楽章終結部のピツィカートはなぜか、武士の名刀の一振りを想起させた。第3楽章へ入るとメンバーの自発性が一段と増し、ものすごいエネルギーが放たれた。他の日本のオーケストラに比べ、聴衆への直截で熱い語りかけを持ち味とする日本フィルの表出力が、音楽面で最大限に生きた。

第4楽章への圧倒的な移行からコーダにかけては、音の大河の流れがホール全体に広がった。高齢者の多い客席なので本編終了とともに退席した人数は少なくなかったが、その後に何が起きたかを知れば、絶対に後悔したはずだ。アンコールでさらに、「悲しいワルツ」「交響詩《フィンランディア》」とシベリウスが2曲も奏でられ、残った聴衆の興奮はピークに達した。もちろん、ブラヴォーも盛大に。演奏に参加した全員が「ウィーンの成功」ではなく「音楽への奉仕」の思いで溶け合い、シベリウスのメッセージを余すところなく伝えた。

渡邉暁雄さん。フィンランド人と日本人の間に生まれたあなたが63年前、東京に蒔いた1粒の種=日本フィルは後々の世代の両国の音楽家の心を1つにまとめ、ついにウィーンで、大輪の花を咲かせましたよ! おめでとうございます。

 

文・音楽ジャーナリスト 池田卓夫

写真・山口敦