4月6日 ヴォルフスブルク公演(シャルーン・テアーター(劇場))

4月6日 ヴォルフスブルク公演(シャルーン・テアーター(劇場))

ドイツ2か所目の公演地はヴォルフスブルク。同じニーダーザクセン州内とはいえ、ヴィルヘルムスハーフェンからアウトバーン(高速道路)経由のバス移動には4時間半を費やした。1938年、ドイツのナチス政権が「民族(フォルク)の自動車(ワーゲン)=フォルクスワーゲン(VW)」を生産するために建設した人工都市。1945年の敗戦まで「歓喜力行団自動車都市」という地名だった。現在もVWが本社工場を構え、人口約124,000人の大半が同社関係者。2010年には1人当たり国内総生産(GDP)が、ドイツで最も高い都市となった。1973完成の会場は801席と小ぶりだが、ベルリンのフィルハーモニーと同じ建築家ハンス・シャルーンの設計で、シャルーン劇場と呼ばれている。

プログラムは前日と同じ「B」。劇場の構造で、首席指揮者ピエタリ・インキネンは初めて上手(客席から見て右側)から登場した。ラウタヴァーラ「In the Beginning」のクライマックスに向けてのクレッシェンドが前日より見事に決まり、客席から良い反応を引き出した。全体は美しく溶け合いながら、弦の摩擦音などの「エグ味」も程よく残すホールの音響特性は、日本フィルハーモニー交響楽団をドイツ風にプレイアップする。

ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」のソリスト、ジョナサン・ビスは前日にも増して、「ピアノ協奏曲第24番K.491」はじめ、モーツァルトの先行作品から受けた影響の数々を徹底して明るみに引き出し、実に軽やかなタッチで一気に弾いた。同時に、ベートーヴェンからリストへと発展していくピアノ演奏技巧の歴史にも、きちんとした視座を備えた秀演。アンコールは「モーツァルトのハ長調ソナタK.330の緩徐楽章ではないか?」と予想したら、見事に当たった。それほど、様式感の旗色は鮮明だった。

チャイコフスキーの「交響曲第4番」でのインキネンと日本フィルは、マエストロが「より広く、深みに迫ろう!」とゲネプロで呼びかけた通り、激しい情熱で乗り切った初日に比べ、内面の情感をじっくりと掘り下げ、味わい深い演奏に仕上がった。不幸な結婚の末に自殺未遂までひき起こしたチャイコフスキーがイタリアに逃れ、莫大な資金援助を申し出たフォン・メック夫人に捧げた交響曲は、決して「過酷な運命」だけを主題にしたわけではない、まだ生命の輝きや未来への夢を捨て切ってはいなかった…という確信すら、聴き手に抱かせたはずだ。少しずつ出てきたツアーの疲れをポジティブな方向に生かし、過度の力みを取り去ったインキネンの現場判断は確かだった。

アンコールはシベリウスの「悲しい円舞曲」。これまた前日に比べ、ニュアンスの繊細な再現が際立っていた。聴衆ほぼ全員が、スタンディングで感動を伝えた。

文・音楽ジャーナリスト 池田卓夫

写真・山口敦