4月14日 エディンバラ公演(アッシャーホール)

4月14日 エディンバラ公演(アッシャーホール)

4月2日のヘルシンキに始まった日本フィルハーモニー交響楽団の第6回ヨーロッパ公演は14日、スコットランドの首都エディンバラ(人口約47万人)で最終日(第10公演)を迎えた。ロンドン、リーズに続く「日英文化季間2019-20」参加公演。2019年のラグビー・ワールドカップから2020年の東京オリンピック・パラリンピックへの橋渡しを担う文化交流の一環だ。4000年の歴史を持つ古都はユネスコの世界遺産に登録され、京都市と姉妹都市の関係にある。出身者も「国富論」のアダム・スミスから作家のウォルター・スコット、ショーン・コネリー(俳優)、トニー・ブレア(元首相)、ベイ・シティ・ローラーズまで多彩。アッシャーホールは1914年完成、座席数2,200の規模にもかかわらず音響に定評があり、エディンバラ国際フェスティバルのメイン会場の1つだ。

リーズ終演後、バスで陸路エディンバラを目指し、ホテルにチェックインしたのは午前3時過ぎだった。公演は午後3時開演のマチネ。プログラムは「C」に「‘」(ダッシュ)が付き、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」のソリストがドイツ公演のジョナサン・ビスからジョン・リルに替わる。4月19&20日の東京定期にも出演するため、午後1時からのゲネプロは協奏曲中心。さすが英国のベテラン、簡単な打ち合わせで自分の音楽を伝播させた。あとはシベリウス「交響曲第2番」の確認だけ。首席指揮者ピエタリ・インキネンが40数分で切り上げる際、「大きな成功、おめでとう! 皆さん、本当に良く演奏してくださって、ありがとう」と労をねぎらうと、楽団員からも拍手が起こった。

リルは1944年3月生まれの75歳。1970年のチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門で旧ソ連のヴラディーミル・クライネフと第1位を分け合う以前から英国内では注目を集め、演奏歴は55年を超える。特にベートーヴェン、ブラームスなどのドイツ音楽を得意とし、前者の協奏曲は何度も録音。日本フィル名誉指揮者のスコットランド人ジェイムズ・ロッホランとハレ管弦楽団で制作した全集はLP盤時代の末期、日本でも高く評価された。何より作品を知り尽くした安定感がある半面、共演者に触発されての即興性にも事欠かない。肩から肘にかけての脱力が行き届き、肘の内側を力点にして手を自在に動かし、重厚な低音から輝く高音までをムラなく打鍵する。大げさな身振りは1つもないのに、音楽が次第に深まり、真のヴィルトゥオーゾ(名人)の巨匠芸を発揮する。

「弦楽のためのレクイエム」はインキネンと日本フィル、日本人、武満徹との距離やコミュニケーションが2週間のツアーの間に目覚ましく改善した象徴の1曲となった。最終日の演奏はホールの理想的な音響も手伝い、シェーンベルクの「浄夜」に匹敵するほどのなまめかしい音楽に生まれ変わっていた。

「シベ2」はウィーン、ロンドンを上回る最高の演奏だった。最弱音を極める繊細さと、大きな潮の満ち干を思わせる力強さとの両方を兼ね備え、大海に陽光が映るような第1楽章。コンディションを回復した弦楽器、管楽器が一体になってドラマを掘り下げた第2楽章。全員の思いがベストの演奏を目指して高揚した第3楽章。エモーションがうねりにうねり、一分の抜かりもなく大爆発へと進みながら、コントロールも万全だった第4楽章。すべてが輝かしく意味深く、フィンランド人指揮者と日本のオーケストラによる全く新しいシベリウス像の1ページが開いた。アンコールの「悲しいワルツ」も、今日は悲しさの究極の先にあるだろう、妖艶さまでが漂った。終演後の楽屋を訪ねるとインキネンも頬を紅潮させ「全員、本当に素晴らしく演奏してくれた」と繰り返した。

第6回ヨーロッパ公演の10回を通じ、インキネンと日本フィルの「心の壁」はどんどん低くなり、明らかに1つかそれ以上に先の段階へと進化(深化)した。日本とフィンランドの国交樹立、両国にルーツを持つ創立指揮者の渡邉暁雄、それぞれの100周年を記念するにふさわしいツアーは熱狂とともに幕を閉じた。

 

文・音楽ジャーナリスト 池田卓夫

写真・山口敦