《下野竜也氏インタビュー》3月第698回東京定期演奏会に向けて

第698回東京定期演奏会(2018年3月2日、3日)に向けて
こだわりのプログラムを練った下野氏へ企画制作部長がインタビューを行いました。

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―下野竜也と日本フィル

 日本フィルハーモニー交響楽団といえば、2つの強いイメージがあります。

 まずひとつは鹿児島出身の自分にとっては、2月に毎年鹿児島に来てくれるプロのオーケストラ。小学生のころから毎年のようにプロのオーケストラが聴けるというと日本フィルハーモニー交響楽団、というイメージがあって、一方的に日本フィルのファンでした。これは自分にとっては非常に大きいわけです。自分が音楽家を目指し、勉強をはじめて上京してきて、いろいろなことを見聞きする中で、子供のころからのファンだった日本フィルに興味を持つのは必然でした。数ある日本にあるオーケストラの中で、その誕生は当時の音楽界にとってよい意味で大事件だったと聞いています。戦後の高度成長期に入るか入らないかの日本が復興していく時代に、いろいろな文化に渇望していた時代だったと思うんですね。その時代に新しいオーケストラとして誕生した日本フィルハーモニー交響楽団という面を、その時に知ったわけです。
 創立指揮者でいらっしゃった、渡邉曉雄先生と日本フィルの皆さんがはじめられた「日本フィル・シリーズ」という(邦人作曲家に新しい曲を委嘱する)画期的なシリーズがあります。今それぞれの作品はそれぞれ、ものすごい財産になっていると思うんですね。日本フィルに対しての大きなイメージの2つ目は、日本フィルハーモニー交響楽団のDNAというか、新しいものへチャレンジするという印象です。本来音楽家であるということはそういう面をもっていないといけないと思うんですけれども。

 

―プログラミングへのこだわり

 日本フィルハーモニー交響楽団の「定期演奏会」に立たせていただくときは、そういうプログラムをさせていただきたい、というのがありました。日本フィルデビューの時も、1曲目は日本フィル・シリーズでした。猿谷さんの作品です。前回も前々回も日本フィルの大きな柱であるものを全面にだしたプログラムになりました。実際には集客とか大変だったと思いますが、山本直純先生と松村禎三先生の作品等をやった時は、普段いろいろなレパートリーを楽しんでいらっしゃる方々にもいろんなインパクトを、よい雰囲気で迎えていただけたのではないかと思っています。今の日本フィルの定期演奏会のプログラムを拝見すると、正指揮者の山田和樹さんや、井上道義先生も、日本フィル・シリーズをもう1回、せっかくの宝の箱を出していこうよ、というようになっているなと、素敵なことだと思います。そんな流れの中で今回また、こういう機会頂きましたので、今回のプログラム、日本フィル・シリーズとは関係ないですけれど、大きな意味でのそういったDNAに即したプログラムをさせて頂きたいという思いです。

 

―尹 伊桑(ユン・イサン)のチェロ協奏曲

(尹伊桑のこの曲を提案されて)凍りつきました!尹伊桑という作曲家を語れるほど彼の作品を演奏していませんし、自分にとって、ある種歴史上の人物というか、壮絶な人生を送った偉大なる音楽家、人物です。数ある音楽家の伝記をバッハから読んでも、こんな壮絶な人はいないと思うんですよね。その人を今の時代に取り上げる、我々が生きている時代に。重みと衝撃度が自分の中で強かったです。相当な覚悟がいるなと。2つの覚悟、尹伊桑という人物の楽譜の向こうにある、彼自身の壮絶な人生、読んだもの聞いたものでしかわからない情報ではありますが、そういったものへの覚悟。2つ目は、当然どの作曲家でもそうですけれど、尹伊桑が書いた音楽に向かうという覚悟ですね。初めて接する作曲家ですが、せっかくのご提案でしたし、これはやるべきだと思いました。チェロは、自分の友人であり素晴らしいチェリスト、イタリア人のルイジ・ピオヴァノを思いつきました。アジアの作曲家(といっても、尹伊桑はアジアという視点だけでは語れないグローバルな作曲家ではあると思うのですが)、韓国の作曲家の作品をイタリア人の彼が弾く、ということも大切だと。逆はいっぱいあるわけじゃないですか、ヨーロッパの作品をアジア人が弾くというのは。この逆はなかなかない。これはいろんな面でひとつの重要な素晴らしい瞬間になるなと。いわゆる役者がそろったなと。
 (ピオヴァノ氏は)曲の存在は知っていたようですが、すぐ楽譜を手に入れて、「大変なことになった!けど僕はやるよ」と言ってくれました。最初こそびびっていたようですが。日本で、初めてのオーケストラと、とすべてがエキサイティングなことだから、と。時々メールが来ます。

 

―スッペ《詩人と農夫》序曲

 前半は2曲ともチェロが活躍しますが、こちらはチェロの本来の伸びやかな美しい響きです。日本フィルには大変素晴らしいチェリストがいる(今回のソロ・チェロは辻本玲)。楽しい美しい音楽に惹かれるのは当然です。そこに救われるというのはありますが、同じ人間でも同じチェロでも、与えられた環境や生き方の違いでこんなに表現が変わってしまう。どちらが当て馬ということではなくて、音楽の幅、意味合いといったものを前半に感じて頂きたいという思いもあって、尹伊桑の前にスッペの序曲を置きました。
 尹伊桑のスコアは真っ黒なんです。これ(スコアをみせながら)ピアノの譜面じゃないんです!チェロのソロが2段譜になっていて。真っ黒ですよね、悶え苦しむ奮闘している曲ですよね。それでスッペのほう、この穏やかなのんびり田園風景を語っているような幸せな音楽、そういう対比をオーケストラの響きも含めて感じて頂ければ。

 

―マクミラン《イゾベル・ゴーティの告白》

 僕はマクミランが好きなんです。《来て来てエマニュエル》の日本初演を秋山先生が指揮の東京交響楽団で学生の頃聴いて、すごい作曲家がいるなと。ほかにどんな作品があるんだろうと調べていくうちに、いつかやりたいなと思ってスコアを持っていたんです。尹伊桑は簡単にひとつの単語では語れないのでしょうが、ある種、迫害であり弾圧であり、みんな抑え込まれるわけですよね。それと同じ物語では無いですが、魔女狩り、魔女裁判のイゾベル・ゴーディの物語も同じような意味合いをもちます。当時の大きな権力であったり、民衆であったり、何が自分にとって壁というか障害になるかわからない。一寸先は闇、じゃないですが、誰もがイゾベル・ゴーディのように魔女に仕立て上げられて迫害を受けたり、裁判を受けたりする可能性が無くはないわけです。人間の恐ろしさ、そういうものがあるのではないかと、直接音楽とは関係ないかもしれないですけれど。
 そういった作品が休憩をはさんで置くのではよいのではないかと。
 静謐な音楽が始まって、題名を聞かずして聴いたらまさかこういう物語ではないような、美しい静かな管楽器から始まって、ダカダダンと少し予兆が始まって、後は暴力的な音楽になっていって、最後はこれでもかと。(スコアを見ながら)ご覧ください、チャイコフスキーも真っ青フォルテが5つですよ!全オーケストラで、ユニゾンでドの音の最大限の音圧です!!これが何を意味するのかは聴いて頂いた方々の想像、ファンタジーでよいと思うのですが。

 

―ブルックナー(スクロヴァチェフスキ編曲)《弦楽五重奏曲より「アダージョ」》

 このプログラムを決めたのは約2年前、この時はまさか、日本でもファンの多かった敬愛するスクロヴァチェフスキ先生がお亡くなりになるとは思いませんでした。期せずして哀悼、追悼の意味も含まれてしまいました。ブルックナーといえばスクロヴァチェフスキ先生の演奏のファンも多かったと思うのですが、個人的には昨年まで在籍した読響でかわいがって頂いて、ブルックナーのまた違った側面を教えて頂きました。その先生が編曲されたアダージョという作品が、また極上のアレンジで素晴らしいのです。いつも機会があると取り上げているんですが、今回イゾベル・ゴーディが約25分、曲が短いからというわけではなく、尹伊桑あり、イゾベル・ゴーディもあり、あの重いすごく深刻な、いろんなことを感じつつ聴いてくださる(もちろん拒否される方もいらっしゃって当然ですが)。今回、サントリーホールで日本フィルと一緒に演奏して、音楽に含まれる色々なものを、我々も渾身の思いで出して、それを受けて頂いた時に、やはりどこか辛い思いがあるとき、赦しというか救済といった思いをもっていていいじゃないかと思います。平和でありたいとか(音楽家が平和をというとキレイごとになりますが、音楽家が理想を言わないでどうするという思いなので)、たとえ物量には叶わなくても。
 今生きている我々も明日何があるかわからない、あってはならないことがおこるかもしれない、不安はなくはない、だけど、どこかで救いを求めたい、祈りたい、自分たちもそうありたい、という時間があればいいなと思うんです。そんな救いの音楽として一番何がいいだろうと考えた時に、このブルックナーのアダージョを思いつきました。今回ご一緒させて頂くコンサートのひとつのストーリーを作りたいなと、マクミランを終えて、アダージョへと1つの後半の時間を途切ることなく演奏させて頂きたいと思っています。

皆様の御来場をお待ちしております!!

 

《公演情報》

第698回東京定期演奏会
2018年3月2日(金)19:00
2018年3月3日(土)14:00
サントリーホール​

スッペ:喜歌劇《詩人と農夫》序曲
尹 伊桑(ユン・イサン):チェロ協奏曲
マクミラン:イゾベル・ゴーディの告白
ブルックナー(スクロヴァチェフスキ編曲):弦楽五重奏より「アダージョ」

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