12月第696回東京定期演奏会 プログラム・ノート公開!

第696回東京定期演奏会 プログラム・ノートを公開!

片山杜秀

●ラヴェル:組曲《マ・メール・ロワ》

 モーリス・ラヴェル(1875-1937)は深いコンプレックスを持っていた。からだつきが貧弱、子供じみた体格。多分そのせいで、彼は生々しく逞しい大人たちとの交際を苦手とした。ドビュッシーのような官能の世界に溺れる人とはかなり違った生き方をした。生涯独身を貫き、室内で子供や小動物と遊びたがった。機械技師の父親の影響を強く受け、小さく精密な機器に異常な関心を示した。からくりのおもちゃなどが大好きだった。だからオペラを作ろうとしても、ドビュッシーなら《ペリアスとメリザンド》だがラヴェルは《子供と魔法》になり、ラヴェルの代表的管弦楽曲は機械仕掛けの反復運動をイメージした《ボレロ》になるのだった。

 そんなラヴェルらしさは《マ・メール・ロワ》でも存分に発揮されている。作曲家は述べる。「曲の意図は童心の喚起で、そのために私は単純を心掛け、音符の数も少なくなった」。この作品は子供の小さな手でも弾けるピアノ連弾曲としてまず1908年に作られ、初演も子供がした。そこから1911年に2通りの管弦楽版――2管編成の演奏会用組曲版と、3管編成で時間も長くなったバレエ音楽版――が編まれた。今日は前者が演奏される。

 マ・メール・ロワは、フランス語で母さんガチョウとかの意。フランスでは、母さんガチョウと言えば、おとぎ話の語り手と相場は決まっている。だから組曲《マ・メール・ロワ》とは、直訳すると母さんガチョウの組曲だが、意訳するとおとぎ話風の組曲となる。ちなみに、マ・メール・ロワという言葉は、イギリスに渡ってマザー・グースと翻訳され、かの地の伝承童謡集のタイトルにもなった。

 全体は5篇から成る。第1曲〈眠りの森の美女のパヴァーヌ〉はペローの童話に基づく。フルートが眠りの森の美女のために子守歌を奏でる。第2曲〈おやゆび小僧〉もペローの童話に基づく。おやゆび小僧が親に捨てられ、森をさまよう。途中で木管に鳥の鳴き声が出るが、これは小僧が帰りの目印に撒いておいたパンを鳥がついばむ描写。そのせいで彼は森から出られなくなる(幽閉とか監禁とかがラヴェルは好きなのだ!)。第3曲〈パゴダの女王レドロネット〉はドーノワの童話に基づき、パゴダ(中国製の首ふり陶器人形)の楽隊のありさまを描写する。ラヴェルの異国趣味とからくり仕掛けへの愛が聴かれる。第4曲〈美女と野獣の対話〉はド・ボーモンの童話に基づく。美女と野獣がワルツを踊る。第5曲〈妖精の園〉はストーリー的には第1曲の続き。眠りの森の美女が目覚め、幸せをつかむ。音楽はダイアトニックに膨らんでゆく。

【楽器編成】フルート2(ピッコロ持替1)、オーボエ2(イングリッシュ・ホルン持替1)、クラリネット2、ファゴット2、コントラ・ファゴット1、ホルン2、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、シロフォン、グロッケンシュピール、ハープ、チェレスタ、弦楽5部。

 

●八村義夫:ピアノとオーケストラのための《錯乱の論理》

 八村義夫(1938-85)は、武満徹より8つ、三善晃より5つ年下で、高橋悠治と同い年だ。存命なら来年で傘寿だが、40代で逝ってしまった。しかも八村は若いときに才能を出し尽くし書き尽くすタイプではなかった。時間をかけて濃密に作品を熟成させるウイスキー型の作曲家だった。それなのに人生が短すぎた。

 彼はシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》やベルクの歌劇《ヴォツェック》に憧れ作曲を志した。昼の陽光の下の理性ではコントロールできず、夜の月とかの下で理性を超えて突出してくる不条理な情念を音響化することに取り憑かれた。歌舞伎や文楽の極めて情念的な演目、たとえば心中物などにも強く影響された。義太夫の太棹三味線の響きに止むに止まれぬ人間の悶えを感じた。日本の映画監督で言うと、浦山桐郎や神代辰巳に近いと思う。要するに鬼気迫る表現主義者である。錯乱に刹那の法悦を見る作家である。

 《錯乱の論理》は文句なく八村の代表作。1974年から翌年にかけて作曲。1975年の民音現代音楽祭で喜田容子独奏、東京都交響楽団、尾高忠明指揮で初演。その後、1979年に改訂され、その版は1980年のやはり民音現代音楽祭で渡邉康雄独奏、東京都交響楽団、尾高指揮で初演された。

 曲名は花田清輝の評論集のタイトルに由来する。花田は左翼革命を夢見た人で、革命を起こすには理性的計算を超えた思い切りが必要だから、花田の評論も動乱期の大胆な思想を扱うことが多かった。そこが八村好みだった。

 全体の演奏時間は楽譜の指定だと約8分半。切れ目のない音楽だが、楽譜上ではAからFまでの6つの部分に分かれている。Aは約1分。鐘などの金属打楽器と金管群が激烈に鳴り響く。それこそが八村にとっての錯乱の呼び水。Bは45秒くらい。暴力的で猛烈なAへの柔軟な応答であり、ピッコロや弦楽器が官能に身悶えし、弦の上行グリッサンドはFの部分を予告し、ピアノはDの主楽想を用意する。止むに止まれぬ狂気が発動しだす。CはAの再現。やはり約1分。呼び水が二度あるといよいよ錯乱せざるを得ない。Dは約1分半。全曲の主部・高潮部と言える。AとBの要素がそれぞれ増殖してぶつかって錯乱の極みへと導かれる。カスタネットが鳴り響いて頂点に至り、そのあと急激に鎮静化する。Eは約1分半。Dで濃密に重なり合い衝突した諸要素が乖離放散してゆき、ピアノ独奏が取り残され、ひとり勝手に錯乱して、下降音型に辿り着き、事切れる。Fはピアノ独奏が切れたところから始まる。もうそのあとピアノは出てこない。しかしEの終わりのピアノ独奏の下降運動に、オーケストラだけになるFの音楽の種があり鍵がある。下降運動はFの冒頭からオーケストラの上行運動に反転する。そのままFは上行運動に支配される。Eの錯乱の一種のポジティヴかつ論理的な発展がFなのだ。愛の歌のような断片的なメロディも交えつつ、音楽は高音域へと明るく伸びてゆく。錯乱したまま暗く悲しく砕け散るのではなく、錯乱が論理的展望を得てはばたこうとする。そういう志向性を示して結ぶ。

【楽器編成】独奏ピアノ、フルート3(ピッコロ持替3)、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン持替1)、クラリネット4(バス・クラリネット持替1)、ファゴット3(コントラ・ファゴット持替1)、ホルン4、トランペット4、トロンボーン2、バス・トロンボーン1、テューバ1、シンバル、トライアングル、鈴、グロッケンシュピール、マラカス、タムタム、カスタネット、カウベル、アンティークシンバル、マリンバ、テューブラーベル、ヴィブラフォン、ハープ、チェレスタ、弦楽5部。

 

●ベルリオーズ:《幻想交響曲》

 エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)の《幻想交響曲》は、《錯乱の論理》という曲名だとしてもおかしくないだろう。ハイドンやベートーヴェンの発展させた交響曲という論理的な器を用いながら、若い芸術家が恋に狂い、情念を暴走させ、身悶えし、錯乱し、破滅する様を描く。八村義夫が錯乱から論理を紡ごうとしているのに、ベルリオーズは論理から錯乱に至ろうとするので、ベクトルは逆なのだが、どちらの曲も、錯乱と論理という水と油を、ひとつの音楽に積極的に盛り付けようとしている点では、まさに同じである。鐘が錯乱を導く鍵を握る楽器となっているところなど、《幻想交響曲》が八村のアイデアの祖型となっているところもある。そう言えば《錯乱の論理》の曲名の由来である花田清輝も、ライバルの批評家、吉本隆明がこつこつと積み上げて壮大な論理を紡ぐベートーヴェン型であるのに対し、明らかに閃きに頼っていきなりとんでもないものを作ろうとするベルリオーズ型であった。何しろ花田は革命思想家であったから。

 そう、革命だ。評論家も学者もベルリオーズ個人の私的な妄想の肥大化の極限にこの不思議な《幻想交響曲》が現れたと考えたがる。それは確かにそうだろう。しかし曲を成立させる見えない土台には、決して私的でなく、むしろ公的で歴史的なものがあるだろう。ベルリオーズの生まれる14年前に始まり、彼の幼少年期には「ナポレオン時代」として現在進行形だった、フランス革命の経験と記憶である。そもそもベルリオーズが《幻想交響曲》でなしえた管楽器と打楽器の大音響的かつ極彩色的用法は、フランス革命以来、フランスの音楽家たちが様々な機会に革命のカオスと怒号と騒音と民衆の叫びを再現すべく試みてきた、大編成の軍楽隊やらを用いてのイベント用音楽作品の系譜を抜きにしては考えられまい。また第4楽章〈断頭台への行進〉はつまりギロチンの音楽であって、ギロチンとは何よりも先ず大革命の暴力の象徴である。マリー・アントワネットの首もギロチンで落ちた。ベルリオーズは私的妄想を巨大化させて「錯乱の論理」を紡ぐ天才だったが、それを背景で支えていたのは、フランス革命とナポレオン戦争を遂行したフランスの国民的・国家的な「錯乱の論理」であったに違いない。だからこそ誇大妄想的ロマン主義者ベルリオーズは、そのままの姿でフランスの国民的音楽家にもなれたのだ。

 《幻想交響曲》は1830年の完成。5つの楽章から成る。第1楽章〈夢、情熱〉では情熱は理性=形式とまだ均衡しているが、理性は続く〈舞踏会〉で肉体的舞踏のリズムに、〈野の情景〉では大自然の茫洋に打ち負かされ、情熱は論理を失って錯乱に支配され、〈断頭台への行進〉における死の狂熱を経て、フランス革命とナポレオン戦争の暴力の饗宴を彷彿とさせもする〈ワルプルギスの夜の夢〉の大狂乱で結ぶ。

【楽器編成】フルート2(ピッコロ持替1)、オーボエ2(イングリッシュ・ホルン持替1)、クラリネット2(E♭管クラリネット持替1)、ファゴット4、ホルン4、コルネット2、トランペット2、トロンボーン2、バス・トロンボーン1、テューバ2、ティンパニ2、大太鼓、小太鼓、シンバル、鐘、ハープ2、弦楽5部。

バンダ:オーボエ1。