社会への取り組み
音楽との出会いや音楽のもたらすちからには、無限の可能性がある
日本フィルは困難な時代を多くの人々の支えによって乗り越えられた特異な歴史の中で「温かさ」「人に寄り添う」という精神を育み、社会との多種多様な協働によって育まれた幅広い取り組みを「オーケストラ・コンサート」「エデュケーション・プログラム」「リージョナル・アクティビティ」の三本柱と位置づけています。さらに1995年の阪神淡路大震災の発生後に開始した被災地での活動は、2011年の東日本大震災での「被災地に音楽を」へと受け継がれ、楽団活動の4本目の柱として旺盛な活動を展開しています。
近年は被災地を含む地域社会が抱える多くの課題、部活動や文化機会の格差、様々な家庭の問題など子どもたちを取り巻く課題、障がいや多様性への対応など、オーケストラの新たな役割への期待が高まっています。日本フィルは芸術性と社会性を兼ね備えたトップ楽団として、それらの課題解決にも取り組んでいます。
2026年、創立70周年を迎え「共鳴を、熱いウェーブに」を新たな合言葉に、音楽活動を通じて多くの方々とつながり、日本フィルならではの取り組みを、社会の隅々へと広げていきます。
音楽と学びをつなぐー エデュケーション・プログラム ー
子どもから大人まで、音楽との出会いが新たな気づきや成長のきっかけとなるように。日本フィルでは、鑑賞にとどまらない体験や対話を通じて、感性や創造性を育む多彩なプログラムを展開しています。学校、ホール、地域など、さまざまな場で一人ひとりの心に学びの時間を届けています。
夏休みコンサート
1975年に始まった日本フィル夏休みコンサートは親子向けオーケストラ公演の先駆的な存在として、半世紀近い歴史を歩んできました。 生演奏の迫力に加え、バレエや歌が彩る多彩なステージ、さらには楽団員との直接の交流を盛り込んだ多面的なプログラムを展開。良質な音楽体験を通じ、子どもたちの豊かな感性と、未来へ羽ばたく創造性の土台を育んでいます。
エデュケーション・フェスティバル
日本フィルと杉並公会堂が贈る「エデュケーション・フェスティバル」は、0歳から入場可能な「五感で楽しむ音楽イベント」です。オーケストラによる本格的なコンサートを軸に、さまざまな体験イベントを通して、音楽への興味を育む場として親しまれています。
学校や施設での音楽との出会い
年間を通して、小中学校や保育園といった施設に出向き、室内楽の演奏をお届けしています。楽員によるオリジナル・プログラムを行い、双方向でのコミュニケーションを大切にしつつ、コンサートホールとは異なる日常空間で、間近に演奏を楽しんでいただきます。
音楽ワークショップ
音楽を「聴くだけ」にとどめず、演奏や創作、対話などを通して参加者が主体的に関わるプログラムを展開しています。子どもから大人まで、一人ひとりが音や表現を生み出しながら、音楽の本質に触れる体験を提供し、発見や対話を重ねることで、創造性や学びへの意欲を育む場となっています。
インターンシップ
学生に向けて、オーケストラの活動を様々な視点から学ぶことのできる機会を提供しています。
地域と共に奏でるー リージョナル・アクティビティ ー
日本フィルは、その土地に根ざした文化や人々との対話を何よりも大切にしています。私たちが目指すのは、単なる「訪問」ではなく、その街の一員として共に歩むこと。地域の方々と手を取り合い、土地の歴史や風土に光を当てながら、音楽のある豊かな日常を育んでいます。学校や福祉施設、あるいは街角で。一つひとつの出会いを積み重ね、その場所でしか生まれない「音楽の輪」を広げています。
杉並区
1994年に杉並区と日本フィルは友好提携を結び、コンサートや教育活動などを通じて地域文化の振興に取り組んでいます。年間約50回の演奏活動で、区民に身近な音楽体験の機会を提供しています。
九州公演
1975年に始まった日本フィルの九州公演は、すべて市民の実行委員会により運営されてきた世界にも類を見ない共同プロジェクトです。50年にわたり継続され、音楽を通じて地域に根ざした文化を育んでいます。
地域とともに広がる活動
地域の人々との出会いや対話を大切にしながら、その土地ならではの文化や歴史にも耳を傾け、共に音楽を育んでいく。オーケストラの枠を越えて、地域社会に根ざした活動を重ねることで、音楽を介した新たなつながりや豊かさを生み出しています。
被災地での取り組み
日本フィルは、東日本大震災をはじめとするさまざまな災害に心を寄せ、音楽の力で被災地の方々と向き合う活動を続けてきました。 音楽には言葉では伝えきれない想いを届ける力があると信じ、避難所や仮設住宅、学校、地域施設など、さまざまな場に足を運び、心に寄り添う演奏をお届けしています。 その出会いの一つひとつを大切に、今も各地とのつながりを育みながら、継続的な取り組みを行っています。
被災地に音楽を
災害で傷ついた地域に音楽を届ける「被災地に音楽を」を展開しています。阪神淡路大震災をはじめ、熊本・岡山・東北などで演奏を通じて人々の心を癒し、交流を育む活動を継続しています。
東北の夢プロジェクト
「被災地に音楽を」を継続する中で、心のケアだけでなく交流や文化発信のニーズが判明し、「東北の夢プロジェクト」が始動。子どもたちの夢と未来、笑顔を応援し、交流と発信の場づくりを目指しています。
東日本大震災から14年
被災地の未来のために何ができるか
2011年3月の東日本大震災から14年の歳月が過ぎました。未曾有の災害の中から立ち上がり、地域の復興に邁進されているみなさまに、心からの敬意とエールをお送りします。
震災直後に開始しこれまで14年間で360回重ねてきた「被災地に音楽を」では、「被災地の力になりたい」気持ちを音に託して被災地に届けてきました。震災直後は避難所や疎開先の方々に少しでも心を癒して頂きたいとの思いから生の音楽を届け、震災から数年が経過した時期には、新しい地域コミュニティづくりと、未来を担う子どもたちのための活動にも注力してきました。2019年には、「芸術文化に触れたい」「他地域と交流したい」「被災地の情報発信をしたい」という新たなニーズへの取り組みとして、「子どもたちの笑顔と未来を応援する」、「沿岸と内陸部の交流機会を創る」、「地域の持つ文化を紹介する」、「孤立する高齢者に社会参加のきっかけを作る」をテーマに「東北の夢プロジェクト」を開始しました。このプロジェクトでは沿岸部で郷土芸能や吹奏楽、学校での文化活動に励む子供たちを内陸部に招き、オーケストラと共に舞台を作り上げています。これまでに岩手県では5回、福島県で3回のコンサートを開催しています。2026年には初の東京開催も計画しております。
2022年7月、これまでの活動への評価から第16回後藤新平賞という東北地方ゆかりの素晴らしい賞を頂きました。また2023年に岩手県との連携協定を、2024年には福島県と包括連結協定を結びました。岩手県では県を含む実行委員会を結成し、東北の夢プロジェクトをさらに推進しています。 こうした自治体等との連携を契機として、復興支援活動はもとより、各地での音楽文化の振興や学校部活動の地域移行問題への取り組み、東北地方の情報発信等にも力を注いで参ります。日本フィルはこれからも音楽団体に何ができるかを自らに問い続け、未来のための取り組みを続けてまいります。
2025年3月11日
日本フィルハーモニー交響楽団
音楽の喜びをすべての人へ
音楽は、想いを届け、心を動かす力を持っていると私たちは信じ、コンサートホールの舞台の上だけでなく、学校や地域、そして被災地へと音楽を届けてきました。 どこにいても、どのような状況にあっても、人は音楽と出会うことで、心が動き、誰かとつながり、未来に向かって歩む力を得ることがあります。 私たちは、音楽家として、そして社会の一員として、そんな瞬間のそばに音楽があることを願い、社会の変化と向き合いながら、その役割を考え続けています。 これからも日本フィルは、芸術性と社会性を大切にしながら、音楽の持つ力を信じ、すべての人に音楽の喜びを届けてまいります。
楽員からのメッセージ
アウトリーチなどを行う時には、日本フィルが何を大事にしているか、社会から何を求められているかを考えながら臨むことが何より重要だと思います。例えば、お客さんとの距離の近さや温かさ。アウトリーチの多くはステージや客席がありません。それらをより強く感じることができ、同時に誇りをもつことができます。 対象となる方の年齢層や音楽愛好度に関係なく、常に質の高い演奏を届けることは、演奏家としての至上命題です。有名な曲だけでなく、知らない曲を知ってもらう機会も作れるよう、時間をかけて選曲します。「アイネ・クライネ」以外にも素晴らしい作品はたくさんあります! 演奏家は演奏だけやっていればいい!ではダメです。時にはワークショップやお話など、さまざまな角度から、社会とより密接に関わることができれば幸いです。
日本フィルは杉並区と友好提携を結んで以来、室内楽編成で杉並区の様々な会場で演奏させていただいております。お子さんからお年寄りまで、幅広い世代に音楽を届けており、毎回、色々な世代の方々に喜んでいただけるようなプログラムを考えています。普段から慣れ親しんだ場所へ出向いて音楽を届けることで、区民の皆様がリラックスして、元気になる時間になればと願っています。 また荻窪音楽祭やエデュケーション・フェスティバルなど、杉並区の皆さんと一緒に音楽イベントを作る機会にも恵まれています。これからも、音楽を通じて区民の皆様と交流していきたいと思っています。
音符の打ち込み技術が発達し、コンピュータ上でオーケストラの音はほとんど完全に再現可能となった時代。効率、タイパが最優先の現代において、ほとんど対極のオーケストラという組織がわざわざ存在する価値を考えたとき、音楽芸術という人類の宝の保全と発展のみならず、社会との関係性がいかに重要であるかという視点を、幾多の社会性活動は私にもたらしてくれた。音楽家は自分の奏でる音楽がどのようにして外世界とリンクするかというのは、通常はステージと客席の関係、実感するのも難しいものだ。しかし、被災地支援活動での直接的な交流や、『60歳からの楽器教室』での人生の先輩方の底知れぬエネルギーを目の当たりにしたとき、ああ、音楽家はまだ無用の用なのかもしれないと思え、歓びを直に感じ取ることができる。私にとってはかけがえのないライフワークの1つです。
私が震災を経験した当時、小学5年生で、NICUから退院したばかりの双子の弟もおり、テレビでは地震や津波、原発事故などのニュースが常に流れ、不安を感じない日はありませんでした。当時は未来のことを考える余裕はなくその日を生きることで精一杯でしたが、今では震災の復興活動にも力を入れている日本フィルの一員として活動しています。これまで双葉での演奏や原町での演奏とクリニックなどに参加した際、地元の方々からは生きる希望や夢を感じました。復興において音楽だけでできる事はない、と思いますが、音楽がないところに復興もない、とも思っています。こうした活動は続ける事に意味があると思うので、今後も地元の方々との繋がりを大切に音楽活動を継続していきたいです。